年齢を重ねたり、足腰が弱くなったりすると、
「玄関に手すりがあれば立ち上がりやすい」
「トイレに手すりが欲しい」
「浴室で転ばないようにつかまる場所が欲しい」
と感じることがあります。
家族から、
「そろそろ手すりを付けたほうがいいのでは?」
と言われることもあるでしょう。
ただ、住んでいる家が賃貸住宅だと、
「勝手に壁へ穴を開けてもいいの?」
「大家さんに断られるのでは?」
「介護保険を使えば取り付けられる?」
「退去するときは元に戻すの?」
という別の心配も出てきます。
先に結論をお伝えします。
賃貸住宅だからといって、手すりを付けられないわけではありません。
ただし、壁や床などへ固定する手すりは住宅そのものに工事をするため、
住宅所有者である大家さん側の承諾と、介護保険を利用する場合は工事前の手続き
が重要です。
また、
「介護保険が使える=大家さんの許可がいらない」
という意味ではありません。
反対に、壁へ穴を開けることが難しい場合でも、工事を伴わない据え置き型などの手すりが、介護保険の福祉用具貸与の対象になる場合があります。
この記事では、
- 賃貸住宅でも手すりを取り付けられるのか
- 介護保険の住宅改修とは何か
- 大家さんの承諾は必要なのか
- 工事をしない手すりという選択肢
- 現場では手すりのどこを見るのか
- 退去時の原状回復をどう考えるのか
を、住宅の現場で30年以上仕事をしてきた職人の目線も交えて解説します。
結論|賃貸でも手すりを付けられる場合はある
Q.賃貸住宅では手すりを付けてはいけませんか?
いいえ。
賃貸住宅だからという理由だけで、手すりを絶対に付けられないわけではありません。
ただし、
壁へビスやネジを使う。
床や柱へ固定する。
手すりを取り付けるために壁を補強する。
といった工事は、借りている住宅そのものへ手を加えることになります。
国土交通省の「賃貸住宅標準契約書」でも、貸主の書面による承諾なく増改築・改造・模様替えなどを行わない形が示されています。
ただし、賃貸住宅標準契約書は法律そのものではなく、賃貸借契約のモデルです。
実際には、
自分が契約している賃貸借契約書を確認すること
が必要です。
さらに介護保険の住宅改修では、住宅所有者が利用者本人ではない場合、住宅所有者がその改修を承諾したことを確認できる書類が必要とされています。
つまり賃貸住宅で固定式の手すりを取り付ける場合は、
大家さん(住宅所有者)の承諾を確認すること
と、
介護保険を使うなら市区町村など保険者への事前手続き
を、工事より先に行うことが大切です。
管理会社が窓口になっている場合は、管理会社を通じて住宅所有者の承諾を確認してください。
手すりには「工事するもの」と「工事しないもの」がある
手すりというと、
壁へ固定するものを思い浮かべる方が多いと思います。
しかし、介護保険では大きく分けて考える必要があります。
壁などへ固定する手すり
ネジやビスなどを使い、住宅へ取り付ける手すりです。
介護保険では、必要性などの条件を満たせば、
住宅改修
として給付対象になります。
廊下。
トイレ。
浴室。
玄関。
玄関から道路までの通路。
などに、転倒予防や移動・移乗を助ける目的で設置する手すりが対象とされています。
工事を伴わない手すり
床へ置いて使用する据え置き型や、便器を囲むように設置して立ち上がりを助けるタイプなどがあります。
介護保険では、
取り付けに工事を伴わない一定の手すり
が福祉用具貸与の対象とされています。
反対に、ネジなどを使って住宅へ取り付けるものは、福祉用具貸与の「手すり」からは除かれ、条件を満たせば住宅改修として扱われます。
つまり、
手すりが必要=必ず壁へ穴を開ける
とは限りません。
賃貸住宅では、この違いを知っておくことがとても重要です。

介護保険で手すりを付けられる?
Q.手すりの取り付けは介護保険の対象ですか?
はい。条件を満たせば対象になります。
介護保険の住宅改修では、
- 手すりの取付け
- 段差の解消
- 滑り防止や移動をしやすくするための床・通路面の材料変更
- 引き戸などへの扉の取替え
- 洋式便器などへの便器の取替え
- これらに付帯して必要となる住宅改修
が対象とされています。
手すりを安全に取り付けるために必要な壁の下地補強なども、手すり設置に付帯して必要となる工事として対象になる場合があります。
ただし、
手すりを付けたい人なら誰でも自由に介護保険を使えるわけではありません。
要支援・要介護認定を受けた方について、その人の身体状況や生活動線から必要な住宅改修であることを確認したうえで手続きを行います。
「将来必要になるかもしれないから、とりあえず家中へ手すりを付ける」
という工事とは考え方が違います。
介護保険の上限20万円は「20万円もらえる」という意味ではない
介護保険の住宅改修では、
支給限度基準額は20万円
です。
ここは勘違いしやすいところです。
Q.手すり工事をすると20万円支給されますか?
違います。
20万円は、介護保険の対象となる住宅改修費の支給限度基準額です。
利用者負担は原則1割で、一定以上の所得がある方は2割または3割です。
そのため、対象となる工事費が20万円だった場合、
1割負担の方なら自己負担は原則2万円。
2割負担なら4万円。
3割負担なら6万円。
という考え方になります。
20万円を一度に使い切る必要はなく、限度額の範囲内で複数回に分けて住宅改修を行うこともあります。
また、一定の要件を満たす転居や要介護状態の変化によって、再度支給限度基準額が設定される場合もあります。
細かな給付方法や手続きは市区町村など保険者によって確認する必要があります。
賃貸住宅でも介護保険は使える?
Q.持ち家ではなく賃貸住宅でも、介護保険の住宅改修は利用できますか?
賃貸住宅だからという理由だけで対象外になるわけではありません。
ただし、賃貸住宅では住宅の所有者が利用者本人ではありません。
介護保険法施行規則では、住宅改修を行う住宅の所有者が利用者本人ではない場合、
住宅所有者が住宅改修を承諾したことを確認できる書類
を添付することが定められています。
これは特定の都道府県だけのルールではありません。
つまり、
「介護保険で認められる工事だから、大家さんへ確認しなくてもよい」
ということではありません。
介護保険の給付手続きと、
賃貸住宅の所有者としての承諾。
この2つを分けて確認してください。
大家さんには何を確認すればいい?
大家さん・管理会社へ、
「手すりを付けてもいいですか?」
とだけ聞くより、工事内容を具体的に伝えるほうが確認しやすくなります。
例えば、
- どこへ取り付けるのか
- どのような手すりなのか
- 壁・床などへ穴を開けるのか
- 下地補強が必要なのか
- 誰が施工するのか
- 退去時に手すりを撤去するのか
- 撤去後の壁や床をどうするのか
などです。
工事図面。
商品資料。
取り付け位置が分かる写真。
などがあれば、内容を伝えやすくなります。
そして大切なのは、
「取り付けてよい」という承諾と、「退去時にそのままでよい」という承諾は同じとは限らない
ということです。
工事前に、
設置だけではなく退去時の扱いまで確認しておく
ことをおすすめします。
介護保険を使うなら「先に工事」は避ける
Q.先に手すりを付けて、あとから介護保険を申請してもいいですか?
原則として、先に工事を始めないでください。
介護保険の住宅改修では、工事前に必要な書類をそろえて申請し、確認を受けてから工事を行うのが基本です。
一般的には、
ケアマネジャーなどへ相談
↓
本人が困っている動作や必要な改修を検討
↓
大家さん・住宅所有者の承諾を確認
↓
理由書・見積書・工事前の写真や図面などを準備
↓
市区町村など保険者へ申請
↓
確認後に工事
↓
完成後の写真・領収書などを提出
という流れになります。
やむを得ない事情がある場合には例外的な扱いもありますが、
「介護保険が使えるらしいから、とりあえず工事をしてしまおう」
とは考えないほうがよいでしょう。
必要書類や申請方法、支払い方法などは自治体によって異なることがあるため、工事を決める前に確認してください。

最初に相談するなら誰?
介護保険を利用して手すりを検討している場合、
最初から工事業者だけに相談して工事内容を決める必要はありません。
担当しているケアマネジャーがいる場合は、まず相談してみてください。
まだ担当者がいない場合は、
- お住まいの市区町村の介護保険窓口
- 地域包括支援センター
などへ相談する方法があります。
また、工事を伴わない福祉用具を検討する場合には、福祉用具専門相談員などが関わります。
重要なのは、
「何を取り付けたいか」より先に、「本人はどの動作で困っているのか」を整理すること
です。
手すりは「付けばいい」わけではない
ここは、制度以上に大切なところです。
手すりは、
壁に付いていれば役に立つ
というものではありません。
例えば、
立ち上がるときにつかまりたいのか。
歩くときに身体を支えたいのか。
玄関の上がり框で使いたいのか。
便器から立ち上がるときに使いたいのか。
浴槽へ出入りするときに使いたいのか。
目的によって、
必要な位置。
高さ。
長さ。
縦手すりか横手すりか。
などが変わります。
同じ年齢の方でも、
身長。
利き手。
身体の動かし方。
麻痺の有無。
普段の生活動線。
によって、使いやすい位置は違います。
だから、
「一般的な高さだからここへ付ける」
のではなく、
実際にその人がどの動作で困っているのか
を先に確認することが大切です。
職人目線|手すりで一番怖いのは「付いているから安心」と思うこと
手すりの工事で、私が特に気になるのは、
しっかり固定できているか
です。
手すりは飾りではありません。
立ち上がるとき。
身体がふらついたとき。
転びそうになったとき。
人の体重や大きな力がかかることがあります。
見た目ではきれいに取り付けられていても、
壁の下地へきちんと固定されていなければ、安全な手すりとは言えません。
住宅の壁には、
石膏ボード。
木下地。
コンクリート。
タイル。
など、さまざまな下地があります。
手すりを取り付ける場合は、
表面の壁だけを見るのではなく、その奥に何があるのか
まで確認して固定方法を判断する必要があります。
必要であれば、手すりを安全に取り付けるために下地補強を行うこともあります。
そして、もう一つ大切なのが、
本当にその位置が使いやすいのか
です。
工事が終わってから、
「もう少しこっちのほうがつかみやすかった」
となっても、賃貸住宅では簡単に付け直せるとは限りません。
だから私は、
手すりは「どこに付けられるか」より、「どこに必要なのか」を先に考える
ことが大切だと思っています。

壁へ穴を開けられない場合は「工事しない手すり」も検討する
大家さんから壁への固定工事の承諾が得られない。
まだ固定工事までは必要ない。
身体状況が変わる可能性がある。
このような場合は、
工事を伴わない手すり
を検討できる場合があります。
例えば、
床へ置いて使用する据え置き型。
便器の周囲へ設置するタイプ。
などです。
介護保険では、一定の工事を伴わない手すりが福祉用具貸与の対象となっています。
固定工事をしないため、
賃貸住宅では選択肢になりやすい方法の一つ
です。
ただし、
「穴を開けないから何でも置けば安全」
ということではありません。
置く場所。
床の状態。
利用者の身体状況。
使用目的。
必要な安定性。
などを確認する必要があります。
担当ケアマネジャーや福祉用具専門相談員などへ相談し、本人に合うものを選んでください。
退去するとき手すりはどうする?
Q.大家さんから許可をもらって手すりを付けました。退去時はそのままでいいですか?
これだけでは判断できません。
重要なのは、
取り付けるときに何を合意していたか
です。
例えば、
手すりはそのまま残してよい。
退去時に撤去する。
撤去後の穴や壁を補修する。
補修費用を誰が負担する。
などを、工事前に確認しておくことが大切です。
そして、ここは介護保険について明確にしておきます。
Q.退去時の手すり撤去や原状回復費用も介護保険から支給されますか?
いいえ。
厚生労働省の介護サービス関係Q&Aでは、
賃貸住宅を退去するときの原状回復のための費用は、介護保険の住宅改修費の支給対象にはならない
と示されています。
つまり、
介護保険を利用して取り付けた手すりだから、退去時の撤去・補修費用も介護保険で出る
ということではありません。
だからこそ、
取り付けるときに、退去時の扱いまで大家さん側と確認しておく
ことが重要です。
工事前と工事後の写真を残しておく
手すりを取り付ける場合は、工事前の状態を写真で残しておくことをおすすめします。
壁。
床。
取り付け予定位置。
周辺の仕上げ。
などです。
介護保険の住宅改修でも、申請の際に改修予定の状態を確認できる写真や図面などが必要になります。
そして工事後も、
どこをどのように改修したのか
が分かる写真を残します。
賃貸住宅では、
もともとの状態
と、
工事後の状態
の両方を残しておけば、後から確認しやすくなります。
大家さん・管理会社との承諾内容も、メールや書面など後から確認できる形で保管しておくと安心です。
工事前の写真をどう残せばよいか迷う方は、「賃貸の入居時に写真を撮るべき場所は?退去費用トラブルを防ぐ撮影ポイント」も参考にしてください。
賃貸の入居時に写真を撮るべき場所は?退去費用トラブルを防ぐ撮影ポイント賃貸の入居時に写真を撮るべき場所は?壁・床・天井・水回り・設備など、退去費用トラブルを防ぐ撮影ポイントを解説。全景・位置・アップの撮り方、管理会社への伝え方、写真の保存方法まで現場目線で紹介します。
NG行動|賃貸住宅へ手すりを付ける前に避けたいこと
介護のためだから大家さんへ確認しなくてもいいと思う
違います。
介護保険の対象になることと、賃貸住宅へ工事してよいことは別です。
住宅所有者が本人ではない場合、介護保険の住宅改修でも所有者の承諾を確認できる書類が必要です。
介護保険を使う前に工事を始める
おすすめしません。
原則として、工事前に必要な申請・確認を行います。
20万円まで無料で工事できると思う
違います。
20万円は住宅改修費の支給限度基準額です。
利用者負担は原則1割で、一定以上の所得がある方は2割または3割です。
見た目だけで手すりの位置を決める
おすすめしません。
利用する人の身体状況や動作、生活動線を確認して位置を決めることが大切です。
壁へ付けば安全だと思う
違います。
手すりには大きな力がかかることがあります。
下地や固定方法まで確認する必要があります。
大家さんの許可をもらったから退去時もそのままでいいと思う
これだけでは判断できません。
退去時の撤去・補修についても工事前に確認してください。
退去時の原状回復も介護保険で払えると思う
違います。
賃貸住宅を退去するときの原状回復費用は、介護保険の住宅改修費の支給対象ではありません。
Q&A|賃貸住宅の手すりと介護保険
Q.賃貸住宅に固定式の手すりを付けることは絶対にできませんか?
いいえ。
住宅所有者の承諾を得て、必要な手続きを行えば設置できる場合があります。
Q.介護保険が使えれば大家さんの許可はいりませんか?
違います。
住宅所有者が利用者本人ではない場合、所有者が住宅改修を承諾したことを確認できる書類が必要です。
Q.介護保険を使うと20万円もらえますか?
違います。
20万円は対象となる住宅改修費の支給限度基準額です。
利用者負担は原則1割で、一定以上の所得がある方は2割または3割です。
Q.要支援でも住宅改修を利用できますか?
はい。
要支援の方も介護予防住宅改修費の対象となる制度があります。
ただし、実際にその工事が給付対象になるかは、本人の身体状況や必要性、工事内容などを確認して判断されます。
Q.壁へ穴を開けない手すりにも介護保険を使えますか?
対象になるものがあります。
工事を伴わない据え置き型などの一定の手すりは、住宅改修ではなく福祉用具貸与の対象となる場合があります。
Q.自分で手すりを付けてもいいですか?
自己判断での取り付けはおすすめしません。
手すりは人の身体を支える設備です。
取り付け位置だけでなく、壁の下地や固定強度まで確認する必要があります。
また、介護保険を利用する場合は、工事を始める前に必要な手続きを確認してください。
Q.退去時の手すり撤去費も介護保険で出ますか?
いいえ。
厚生労働省のQ&Aでは、賃貸住宅退去時の原状回復費用は住宅改修費の支給対象にはならないとされています。
まとめ|賃貸の手すりは「許可・制度・安全」の3つを確認する
賃貸住宅だから、
手すりを絶対に付けられない
というわけではありません。
大切なのは、
住宅所有者である大家さん側の承諾
介護保険を使う場合の事前手続き
利用する人に合った安全な取り付け
の3つです。
整理すると、次のようになります。
| 確認すること | ポイント |
|---|---|
| 手すりの種類 | 固定工事か、工事を伴わないタイプか |
| 大家さんの承諾 | 壁・床などへ工事する前に確認 |
| 介護保険 | 工事前にケアマネジャー・市区町村等へ相談 |
| 費用 | 支給限度基準額20万円、自己負担1~3割が基本 |
| 設置位置 | 本人の身体状況・動作・生活動線で判断 |
| 固定方法 | 壁の下地や強度まで確認 |
| 原状回復 | 退去時の撤去・補修を工事前に確認 |
| 退去時の費用 | 原状回復費用は介護保険の住宅改修費対象外 |
そして、
壁へ穴を開けられないから手すりを諦める
とも限りません。
工事を伴わない福祉用具という選択肢もあります。
手すりは、
付いていれば安心なのではなく、必要な場所に安全に付いて初めて役に立つもの
です。
賃貸住宅だからと最初から諦めず、
本人はどこで困っているのか
固定工事が必要なのか
大家さんの承諾を得られるのか
介護保険や福祉用具を利用できるのか
を、一つずつ確認していきましょう。
あわせて確認しておきたい記事
手すりに限らず、賃貸住宅へ棚や設備などを取り付ける場合、どこから大家さんへの確認が必要になるのかはこちらで解説しています。

賃貸住宅の「原状回復」とはそもそも何を意味するのか、退去時の基本的な考え方を確認したい方はこちらも参考にしてください。

参考資料
- 厚生労働省「福祉用具・住宅改修」
- 厚生労働省「介護保険制度における住宅改修の概要」
- 厚生労働省「介護保険の給付対象となる福祉用具及び住宅改修の取扱いについて」
- 厚生労働省「介護保険法施行規則」
- 厚生労働省「介護サービス関係Q&A」
- 国土交通省「賃貸住宅標準契約書」
